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22年目の阪神・淡路大震災の日、神野さん死去

22年目の阪神・淡路大震災の早朝追悼のつどいに、大阪の娘や被災した弟と参加しました。
下弦の半月がくっきり見える5時46分神戸希望の鐘が打ち鳴らされ、松平さんのトランペットが奏でられる中、黙祷を捧げました。
諏訪山のビーナスブリッジから眼下に神戸の町が綺麗に一望できました。
代表の安田さんも91才、力強くあいさつされました。地元の堀内衆院議員の呼びかけで穀田議員さんと共に議員や関係者で写真を撮りました。心から哀悼の意を込め、手を合わせました。

その後追悼の行事が各地でありましたが、「神野美昭さんが亡くなった」との連絡が入りました。
驚きとこの間会いに行かねばと思いながら行けなかった悔恨の念にかられます。
神野さんは、元党徳島県委員会副委員長、平和委員会や原水協の役員をされ、徳島市議も2期務められ、その後国政候補になった際、私が徳島市議のバトンを引き継いだ大先輩です。その後もずっと親身に応援をいただいてきました。ユーモアがあり、柔らかさと芯の強さを兼ね備えた神野さんとお別れです。
神野さんは、難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症。以前お見舞いに行った際は「全国に9千人、徳島でも90人この病気にかかっている人がいる」との話を伺い、難病に向き合いながらも、放送大学の「イスラーム世界の展開」、「歴史から見る中国」というテキストを読んでいらした姿を思い出します。その際撮らしていただいた写真です。
神野さんの教えを胸に、新しい社会をつくるため奮闘することを誓います。  合掌

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